浄土真宗

今日のことば

今日のことば                            

    a:429 t:1 y:1      from 2018.3.9

信心とは、自分の死(「一人称の死」)が見れる視点が開かれること  

                           志慶眞文雄(2018.3.9) 
 自分の死(「一人称の死」)を見るのは、裸眼で太陽を見る様なもので不可能だと言う喩えがありますが、それは、自分の死(「一人称の死」)を自我の煩悩の眼(まなこ)で見ようとるから不可能なのです。
 自分の死(「一人称の死」)を見るという、不可能としか思えないことが成立するのが信心です。信心とは、如来の眼で自分の死(「一人称の死」)が見れるということです。「阿弥陀のいのち」に目が見開かれるから、「生死する自我の命」を捨てることがで可能です。信心が成立するとは、「阿弥陀のいのち」を生きる人生が開かれるということです。
 親鸞聖人の「雑行を棄てて本願に帰す」とは、「生死する自我の命を棄てて阿弥陀のいのちに帰す」ということです。

   《 浅原才市さんのうた 》 
     わたしや 臨終すんで 葬式すんで
     みやこ(浄土)にこころ住ませてもろうて
     なむあみだぶと浮世にをるよ。




画像の説明
                    まなざし聞法道場(しげま小児科医院2階)

powered by Quick Homepage Maker 3.60
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional